ホーム / ミステリー / クラックコア / 第011-1話 不健康な生活

共有

第011-1話 不健康な生活

作者: 百舌巌
last update 最終更新日: 2025-01-09 11:08:12

ランニングの最中。

 最近は身体が馴れてきたのか、十キロ程度のランニングならこなせるようになっていた。

 体力が付き始めているのだ。筋肉強化も合わせてやっているのですこぶる体の調子は良い。

 習い始めた柔道もどんどん勘を取り戻していく。師範から経験があるのかと尋ねられたぐらいだ。

(鍛えがいがありそうだな……)

 スポンジが水を吸い込むように力を蓄えていく、この若い身体がディミトリは嬉しくなっていた。

 ディミトリだった時には二日酔いの頭を醒ますのに苦労したものだ。だが、アルコールを摂取する習慣が無いタダヤスには二日酔いは無縁だった。

(酒に頼らない睡眠とは、随分と快適なものだったんだな……)

 今更な事を考えながら不健康な生活をしていたものだと一人反省していた。

 事実、夜中に作戦行動がない時には、アルコールが汗になって滲み出るのではないかというぐらい呑みまくっていたのだ。

(元の身体に戻っても続けるべきだな)

 そんな事を考えながらシャワーを浴び終えると、学校に行くために着替えた。

(さて、元の身体に戻る手段を考えないとな……)

 勿論、体力作りの他に詐欺グループへの襲撃計画を考えるのも怠っていない。

(やはりスマートフォンを改造して盗聴器を作成するか……)

 外部から操作するので液晶表示は必要ない。そうすればかなり小型化出来るはずだ。電源は二十四時間持てば良いだろう。

 カメラ機能も有効にしておけば不明の面子を解明するのも重要な項目だ。

 後は腕時計型のカメラだ。これならすれ違いざまに撮影が出来るはずだ。

 それとスリングショット。相手を倒す事は出来ないが足止めぐらいには使える。音が小さいのも良い。

 こういった小道具を作成しておく必要を感じていたのだ。

 小道具を調達するのには元手が必要だ。

 そこで祖母に小遣いを頼んでみた。すると、お年玉通帳という謎の銀行口座を教えられた。

 そこには十万に満たない金額が入っているのだそうだ。

 この国には年の初めにお小遣いを渡す謎の風習があるらしい。しかも、本人が使えるのでは無く、母親が銀行に預けてしまうという行事だ。中には母親に没収されてしまうという、理不尽な目に遭う奴もいるらしい。

(意味がわからん……)

 それでも、自分の自由に出来る金が有るのは有り難い。有効に活用させて貰う事にした。

 格安SIMカードと中古の
ロックされたチャプター
GoodNovel で続きを読む
コードをスキャンしてアプリをダウンロード

関連チャプター

  • クラックコア   第011-2話 不審車

     ある日、夕方に詐欺グループのアジトを見張りに行った。見張りと言ってもアジトが移転していないか確かめるためだ。 外からチラリと見た印象では、移転はしていないようだ。カーテンというか白い紙のような物が張られたままだ。(今日も変化無し…… と……) 監視カメラを回収して新しいのを設置しようとしていた。「ん?」 ディミトリは一台の車に気がついた。真っ黒な塗装のレクサスだ。(前にも見た記憶があるぞ……) レクサスは高級車だということはネットで見て知っている。特徴的なフォルムをしていたので覚えていたのだ。 ディミトリはハンビー(米軍の兵員輸送車両)のようなゴツゴツとした武骨な車が好きだった。 高級車はお高く止まっている印象が好きになれない。(……) 何処で見たのかを思い出そうとしていた。 基本的に家の周りをランニングするか、柔道場に通う為に街なかに自転車で出かけるぐらいだ。 後は、大型スーパーだろうかと考えていたら、何処で見かけたかを思い出した。(そうか、ランニングの時に道端に停まっていた事があったな……) 高そうな車という印象だけだったので、その時には大して気に留めていなかった。 もちろん、中に誰が乗っているのかは覚えていない。(見張りかな……) 中には男が二人乗っているようだ。 以前に監視カメラを仕掛けた時には居なかったはずだ。見かけていれば今回と同じで気がつくはずだ。(ひょっとして俺が対象なのか?) 監視カメラには触れずに素通りした。彼らの意図も素性も分からないからだ。 わざわざ、此方の手の内を知らせる必要は無いと考えたのだ。 まず、監視をしている対象が何なのかを調べることにした。 ディミトリは楽器店のショーウィンドウを見る振りをして観察してみる。 この手の追いかけっこは少年時代に経験済みだ。二週間ぐらい見張られていたことがあるのだ。 何の罪状なのかは不明だったが、思い当たることだらけだったので大人しくしていた。 そして、何日かすると知り合いを見かける事が無くなった。きっと彼の『仕事』関連で疑いがかかったのだと思った。(麻薬・売春・窃盗・強盗…… 何でもアリのヤバイ奴だったからな……) そんな事を考えながらディミトリがショーウィンドウに映る車を見ている。 彼らの車はジッとして動かない。(あの時に、俺を見張っ

    最終更新日 : 2025-01-09
  • クラックコア   第012-1話 盗聴器

    自宅。 ディミトリは考えた末、監視のやり方を変えることにした。監視と言っても、常時張り付いている必要は無い。 詐欺で受け取った金がどうなっているのか知りたいだけだ。 その為にも彼らの日常行動を知る必要がある。 だが、警察と思わしき車両がいる以上は迂闊な行動は控えた方が良いと考えた。 流石のディミトリも、警察の目の前で悪さは出来ないものだ。 何しろ相手は隙だらけの連中だ。いつでも大丈夫だとは思ってはいるが、慎重にやろうと考えているのだ。 自分が見張られているので、監視カメラの回収が困難な事をどうにかしないといけない。(盗聴器を仕掛けるか……) そこで盗聴器を深夜に設置することにした。 携帯を改造したやつなので、一時間毎にデータ送信で回収すれば良いからだ。 必要な機能以外は、全て停止しているので一週間程度は持つはずだ。 深夜、自宅の裏からコッソリと抜け出した。警官の巡回に出くわさないように、慎重に自転車でアジトの裏まで来た。 濃い灰色のスウェット上下なので怪しまれないだろうと考えていた。 いざと成ったらトレーニングの為に公園に向かうのだと言い訳するつもりだった。 何しろ童顔の十四歳なので通じるだろう。(さてと……) 周囲を見回して監視されていないのを確認してから徐に壁に取り付いた。 取り付いた壁の雨樋を伝って登っていく。 目標は三階のベランダ。二分もあれば登りきれる。 ディミトリは手慣れた調子で登っていく。自己の技術と体力で岩を登るフリークライミングは兵士には必要な技術だ。 訓練を行っていないタダヤスの身体で大丈夫なのか、懸念はあったが大丈夫なようだ。(よしよし…… 優秀な兵隊に成れるぞ……) そんな事を考えながら目的のベランダに取り付いた。 ディミトリは直ぐにベランダに入ることはせずに部屋の中の様子を窺う。 人が移動する気配が無い事を見届けると手早くベランダ内に侵入した。(寝てるのかな?) ディミトリは盗聴器を取り出し取り付けの準備を始めた。 マイクは透明なチューブで先端に付けてある。太さが一ミリ程度なのでパッと見は何の部品なのか不明なはずだ。 それをクーラーの室外機から伸びるパイプ配管の穴の中に挿入させた。 こうすれば、室内の音が直接拾えるし、盗聴器の存在に気が付かないはずだ。(よしっ、完了した……)

    最終更新日 : 2025-01-09
  • クラックコア   第012-2話 消えた信号

    (ひょっとしたら偶然だったのか?) 偶々同じ車種が居ただけなのかもしれない。或いは二十四時間監視の対象に成っていないのかもしれない。(いや、二回同じ車両を見かけたのは偶然ではない……) ディミトリは慎重な方だ。慎重だったから幾多の戦場を生き残って来たと言える。 臆病なのと慎重なのは違う。失敗から原因を推測して、次の行動のための糧にするのだ。 それが出来ないやつは全て死んでしまった。(俺はまだ死ぬ予定じゃないからな……) 盗聴器を仕掛け終わったディミトリは、次の懸案事項に対する方策を考え始めた。 誰に見張られているのかを確認しなければならないからだ。 その為には問題の車が警察なのかを確認しなければならない。  朝になって普段どおりのランニングに出かけた。そして、以前に黒い不審車を見かけた地点に差し掛かると、前に見たのと同じ場所に停車しているのが見えた。(夜はお休みなのか……) 昨夜、見かけなかったので夜中は監視してないらしいとは思った。 もっとも、見つかっていたら彼らも判断に悩んだに違いない。(ではでは、ちょっと誰なのか調べさせてもらいますよー) 後ろからそっと近づき、後輪タイヤハウスの裏側に携帯電話を貼り付けた。ここが見つかりづらいのは経験済みだ。 ディミトリは警察関係の車であろうと目星を付けていた。 警察署は二キロほど走ったところにある。あそことの往復であれば、後日回収できるだろうと考えていた。(若い男と中年の男…… きっと同じふたり組だな……) 以前にアジトの近辺で見かけたのと同じ二人組だ。ディミトリのランニングコースを見ている。 あの時は遠目で見るしか無かったが今度はしっかりと顔を覚えた。 その後、ディミトリはいつの通りの道筋でランニングを終え帰宅した。帰りにも問題の車は見かけた。 もちろん、気が付かない振りをするのは怠らなかった。こっちの手の内を見せてやる必要はないからだ。 帰宅してから二階の窓から双眼鏡で周りを見ると、二ブロック先の交差点に問題の車は停車していた。 そして、ディミトリが帰宅後三十分ぐらいで車を発進させていた。帰るのであろう。「よしよし、車に携帯が仕掛けられたのは気が付いていないな……」 パソコンに映る携帯の位置情報はディミトリの期待通りの結果を表していた。 携帯が発する電波はディミト

    最終更新日 : 2025-01-10
  • クラックコア   第013-1話 統計上の数字

     翌日に信号が消えた場所に行ってみた。ディミトリの想像した通りにスマートフォンはバラバラになっていた。(向かっているのは東京都内か……) 高速道路に上がる手前に部品はあった。想像した通りにタイヤハウスから落下してしまったようだ。 粘着力が足りなかったようだ。直ぐに外す事を考えていたので控えめにしたのが仇となった。(警察の可能性もあるし、在外諜報機関の可能性もある)(結局、わからないままか……) 釈然としないままディミトリは自宅に戻った。 不審車にいつまでも掛り切りになっている場合では無いからだ。 部屋に戻った彼は詐欺グループのアジトの監視カメラをチェックし始めた。 盗聴器を仕掛けた時に回収しておいたのだ。 不審車の事があったので、毎日の交換作業はやらないほうが良いだろうと考えたのだ。(……)(俺がタダヤスでは無くディミトリに成り代わっているのを、知っている人物が居るという事だよな……)(……) そんな事を考えながら漠然と監視カメラをチェックしていた時に有るものを見つけた。 交通事故の様子が録画されていたのだ。「ああ、こういう事もあるのか……」 運転していたのは女性。見た感じは若そうだ。 女性は事故に気が付き一度車を降りてきたが、被害者の様子を一瞥すると去っていった。「轢き逃げじゃねぇか……」 これはディミトリの監視カメラに偶然撮られていた轢き逃げ動画だったのだ。「フフッ…… 悪い奴だ……」 普通なら慌てて警察に通報するのだろうが、そうすると監視カメラのことを説明しなければならない。 それはそれで面倒だ。第一、ディミトリは警察が嫌いだった。 少年だった頃も大人になってからも疎んじられて来たからだ。 きっと、警察に嫌われるフェロモンでも出しているのだと考えている。 車が去った後も動画は続いていた。男は倒れたままの姿がずっと写されている。 轢かれた男はピクリとも動かない。恐らくは駄目だろう。「フッ…… こっちは運の悪い奴だ……」 ディミトリは無感情のまま画面を見ながら呟いた。 これまでも、巡り合わせが悪くて死ぬやつは散々見てきた。 シリアの市街地で戦闘になった時のことだ。十メートル程度の近距離でお互いに撃ち合った。 その銃撃音に驚いて飛び出してきた住人が、敵兵に薙ぎ払われるのを良く見た。 ああいった地域で

    最終更新日 : 2025-01-10
  • クラックコア   第013-2話 目撃者の掟

     動画は時間切れで終わっていた。容量がいっぱいになったようだ。 元々、日中の監視をしたいだけだったので、十二時間程度しか想定してなかったのだ。「とにかく、面倒事はまっぴらゴメンだな……」 彼は黙殺することに決めたようだ。 ディミトリは自分に関わりの無い事には興味が無い。 ハッキリ言って他人がどうなろうと知ったことではないのだ。 犯罪を見たら通報するのが正義だとされている。関わりを持たないのも正義だ。 正義の有り様は人それぞれだ。 それを強制される筋合いは無いものだとディミトリは考えている。(力の無い奴に限って安全な所に居て吠えてやがる……) ここ何ヶ月か日本に居て思ったことだ。 何処の国へ行こうと支配する側と支配される側の二面性を思い知らされるのだ。 地位を持たないもの、声が小さいものは搾取される側なのだ。 かつての自分も同じように搾取される側の人間だった。 だが、兵隊となって運命は自分でコントロール出来ると理解できるようになった。 その代償に良心を削り取ることになったのだ。 運に恵まれない奴らを見ながら自分はこう考える。『・・・ オレモオナジダッタ ・・・』 今はどうか? 傭兵になった時に、大人になったと錯覚することが出来ていた。自分の運命は自分の引き金で切り開く決断ができるからだ。 信頼出来る仲間に囲まれて、上官の愚痴を言いながら惰眠を貪り、良い女を口説く為に酒場に日参する。 そんな毎日でも気に入っていた。 だが、気がつけば東洋の見知らぬ国で、誰とも分からない小僧の身体に押し込まれている。 自分のケツが拭ける程度にはデカくなっているが、女ひとり口説くのにすら難儀している体たらくだ。(また、やり直しかよ……) ディミトリは自分の両手をジッと見つめていた。恐らくは人を殺めたことの無いまっさらな手だ。 タダヤスもディミトリに身体を乗っ取られなければ、普通の人生を歩んでいただろう。 ひょっとしたら違う人生を歩めるかもしれないと一瞬考えたのだ。(俺の場合は、相手も同じ兵隊だったけどな……) 『お互い様だろ?』そう自分を誤魔化しながら任務を遂行していた。何十人も手にかけてきたのを覚えている。(誰かのために働く人生がベストなのか?)(目的も無く漠然と時間が過ぎていくのを眺めるだけの毎日……)(たかが小銭を稼ぐた

    最終更新日 : 2025-01-10
  • クラックコア   第014-1話 落ち着かない目玉

    自宅。 ディミトリも普段は平凡な中学生『ワカモリタダヤス』を演じなければならない。 平日の昼間は学校に行かなければならないのだ。(また、クソッたれな場所に通う事になるとは思わなかったぜ……) 退屈極まる時間をジッとしているのは苦痛だった。 知識が無いので授業の内容が理解出来ないからだ。 彼は教室では口をきかなかった。この国の中学生の常識が皆無なので話がつまらない。 それと面倒臭い事になるのを避ける為だ。 事故の事は予め全員に知らせているようなので、クラスメートもディミトリには積極的に話しかけては来なかった。 後遺症があるという事にしてあるが、時々はサボって保健室で寝てたりした。 そうすると先生たちに依怙贔屓されていると勘違いするのも当然のように居るものだ。 トイレに行って用をたし、教室に戻ろうとすると同じクラスの大串が立ちはだかっていた。 何故か目玉をギョロギョロ動かしてる。 大串の子分たち二人も来ていて、トイレの出入り口を塞いでいた。(何かを探しているのだろうか……) ディミトリは無視して通り過ぎようとすると再び立ちはだかった。 やっぱり、目玉をギョロギョロと下から上へと動かしている。 いつだったか、病院抜け出した時に絡まれた金髪にも、似たような事していたのを思い出した。(ああ、威嚇してるつもりなのか……) ディミトリが育った街では威嚇などしないで拳で語ることが多かった。次がナイフだ。最後は拳銃で撃ち合った。 ところがこの国では違うらしい。目玉をギョロギョロ動かすのが相手への威嚇になるらしい。 中々、滑稽な風習なのだなと思った。「何の用だ?」「あっ?」 面倒くさいが一応話は聞いてあげようかと声をかけてみた。 やっぱり、目玉をギョロギョロ動かしている。「何の用だと聞いている……」「誰に向かって聞いてるんだっ! あっ!」 まるで話が噛み合わない。頭の悪そうな相手にディミトリは目眩がしてきた。 それと同時に時間を無駄に使わされるに腹が立ってきはじめた。「調子こいてるんじゃねぇーよっ!」 まだ、目玉をギョロギョロ動かしている。 ディミトリは吹き出しそうになるのを堪えていた。「おめぇの目つきが気に入らないんだよっ!」 ディミトリがニヤついたのをバカにされたと勘違いした大串が大声を出しはじめた。 そのまま

    最終更新日 : 2025-01-11
  • クラックコア   第014-2話 酩酊隙間

     何も反応が無い。顔を掴んだまま頭を床に叩きつけた。「分かったな?」 再びゴンッと鈍い音と共に大串の目に涙がたまり始めた。指が少し深く入ったのでろう。「……」 大串が頷くような動作をしている。もっとも、頭をディミトリが抑えているのでうまく出来ない。「むぅ…… むぅ……」 そこまで言うと手を離してやった。 大串の目から涙が溢れ出ている。どうやら目玉は無事らしい。「……」 立ち上がったディミトリは子分たちの方を睨みつけた。 いきなりの逆転劇に大串の子分たちは立ちすくんでいた。 相手の予想外の強さに驚き、どうしたらいいのか戸惑っているのだ。「ん? 次はお前か??」 子分たちは首を盛んに振って道を譲った。 ディミトリが大串に構ってる時に、襲うという発想が彼らに無かったのは幸いだった。 一度に三人相手に喧嘩は出来ない。手加減する暇が無くて相手を殺してしまう可能性があったのだ。(これで終われば楽だがな……) ディミトリはため息を付きながら教室に戻っていった。 彼らが素直に諦めるとは思えない。弱いやつ程キャンキャン吠えるのを知っているからだ。 自宅に帰ってきたディミトリは、詐欺グループのアジトに仕掛けてきた盗聴器を聞いていた。(思っていた以上に鮮明に聞こえるな……) リビングに面した部屋以外の音も拾えるのは意外であった。音がくぐもって大して聞こえないと考えていたからだ。 もっとも、それらはロシア製や中国製の怪しげな盗聴器だったせいもある。(実は日本の民生品ってのは凄いんじゃねぇのか?) そんな事を考えながら聞こえてくる音に集中していた。 床を歩く音や玄関の開閉の音も聞こえていたので人数を数えるのが楽になりそうだった。 何日か観察した結果で彼らの行動パターンのような物が判明してきた。 午前中は詐欺の鴨を見つけるための電話セールス攻勢。午後は金を引っ張るための外出がパターンのようだ。 肝心の金は事務所に戻ってきてから分けているようだ。どういった割合で分けているかは不明だ。 そして金は各々自分で管理しているらしい。時々個人で外出しているので、その時に銀行に預けているのだろう。 時々、街中に繰り出して酒を浴びるように飲むらしい。(酒を飲むと言ってもたかがしれている……) 正体不明の不審車の事も有り、金を手に入れておくのは早

    最終更新日 : 2025-01-11
  • クラックコア   第015-1話 戦場での術

    襲撃の当日。 真夜中に目を覚ましたディミトリは二階の窓から双眼鏡で外を眺めた。例の不審車が居るかどうかを確かめるためだ。 二ブロック先の交差点を見てみたが問題の車は居なかった。(やはり、夜中は見張っていないのか……) もっとも、他の場所に変更した可能性もあるが、それは低いだろうと考えていた。(本格的に見張るのなら複数台で交代するはずだからな……) 見張りだけで何も接触してこないのも不思議ではある。彼らの意図が良く分からない。 だが、分からない事で悩んでいてもしょうがない。今は目の前にある問題に取り掛かることに決めた。 それでも念の為に家の裏側から、他人の敷地を通って抜け出した。自転車は予め公園に駐めておいたのだ。(五時頃までには戻りたいな……) 昼間は普通の中学生を演じているので、突発的な休みはしないようにしている。(良い子を演じるのも大変だぜ……) そんな自虐めいた事を考えながら、詐欺グループのマンションに着いた。 夜中であることもあり、誰とも擦れ違う事はなかった。  マンションの入口付近には防犯カメラがあるのは知っている。 なので非常階段側に回り込み、外についている雨樋を足がかりにして乗り込んだ。 何も正面から行く必要は無い。これから行うことを考えると、防犯カメラに映り込むのは避けたい所だ。 そして、静かな階段を上り外廊下を走り抜ける。いつもながらドキドキする瞬間だ。(このドキドキ感がたまらないよな……) 訳の分からない感想を考えながら目的の部屋の前に来た。 マンションのドアに取り付き、ドアスコープを覗き込んだ。人の移動する気配は無い。 ドアスコープは中から外が見えるように作られている。だから、中が見えるわけでは無いが動く影ぐらいは見えるのだ。 ドアスコープをペンチで外して、その穴から内視鏡を差し込んだ。胃の検査とかに使う器具。 内視鏡でドアに付いている鍵のノッチを回せば、鍵が無くとも家の中に侵入できてしまう。 これは空き巣が良くやる手口だ。ドアスコープが何の脈絡も無く取れていたら要注意。(よし、ひとまずは成功だ……) ディミトリはいとも簡単にアジトに忍び込むことに成功した。賃貸物件サイトの案内では2LDKのはずだ。 マンションに入った瞬間に想ったのは『酒臭え』だ。マンションの中には男たちのイビキが響いて

    最終更新日 : 2025-01-12

最新チャプター

  • クラックコア   第047-0話 待望の偽装品

    自宅。 ディミトリは盗聴した結果をアオイに電話で伝えた。そして、彼を呼び出す様に言ったのだ。『どうするの?』「どうせ、まともに質問しても答えないだろう?」『うん……』「だからさ……」 ディミトリは自分の計画をアオイに言い聞かせた。彼女は絶句していたが、妹のために協力を約束した。 数時間後。アオイが公園で待っていると水野は一人でやって来た。「こんばんは。 今日は妹さんはご一緒では無いので?」「これからやって来るんです」「そうなんで……」 ディミトリはアオイに気を取られている水野に近づき、後ろからスタンガンで気絶させてしまった。「え?」「ちゃんと自主的に答えやすいようにしてあげるのさ」 ディミトリはほほえみながら答えた。気絶させたのは、身柄を拐って廃工場に連れ込む為だ。 結束バンドで手を拘束して車に詰め込み、薬の売人たちを始末した工場に向かった。(あの工場なら今も無人のはずだ) 一度、罠として使用した工場をチャイカたちが再び来るとは思えなかったからだ。 ディミトリとアオイは工場の奥の部屋に水野を運び込み椅子に縛り付けた。(次は金庫の鍵を……) 水野の荷物から鍵を取り出し、アオイにマンションに向かうように頼み込んだ。鍵はどれだか分からないが、肌身離さず持っているはずだと睨んでいたのだ。違っていたら聞き出せば良い。その方法なら良く知っている。「でも、そこって……」 ディミトリが言った住所を聞いた時にアオイの表情が曇った。彼女が『ストーカー男』を始末した場所だからだ。「ああ、水野たちのアジトがあるんだよ」「水野?」「ん? あの男の名前だよ?」「え? 偽名だったの?」「そう、元はオレオレ詐欺のグループのメンバーなのさ」 元々、水野たちのマンションを見張るのが目的だったのだ。そのカメラに事故の様子が映っていたのだと、説明すると彼女は納得したようだった。「君って本当は幾つなの?」 監視カメラの設置とか、拳銃を持っていたりとかアオイの常識の範疇を越えていた。とても、中学生とは思えなかったのだろう。 もっとも中身は三十五歳のおっさんだが、彼女が知っても意味が無いのでディミトリは言わない事にしていた。「ぼくみっちゅ……」「もう……」 ディミトリがふざけるとアオイが頭を小突いてからクスクス笑っていた。 鍵を入手したディ

  • クラックコア   第046-0話 変声期

    学校。 ディミトリは水野の移動を監視していた。授業中にスマートフォンを見る事は出来ないので、休み時間ごとにトイレで見ていた。 水野は例の襲撃したマンションに帰宅したようだ。(あの場所からアジトを移動してないのか……) ここで手を止めて考え込んだ。アオイに渡した名刺の名前は『桶川克也』となっている。 名前を変えているのは、違う詐欺事件を考えているのだろうかと考えた。(引っ越しの金が無いのか?) 彼らは警察のガサ入れに遭っている。という事は警察に事情徴収されているはずだ。 なのに外に出ているという事は、詐欺事件との関係を立証できなかったかで釈放されたのであろう。 (俺なら引っ越しして身を潜めるんだがな……) 普通なら同じ場所に住み続ける気には成らないはずだ。警察は証拠無しぐらいでは諦めない。蛇のようにしつこいのだ。 だから、警察の監視が付くのは分かりきっている。これは水野も知っているはずだった。(或いは移動できない理由が有るかだ……) ディミトリの顔に笑みが広がっていく。金の匂いを嗅ぎつけたのか、ディミトリは鼻をヒクつかせもした。 ディミトリは帰宅した後で、マンションに行って盗聴器と監視カメラを仕掛けるつもりだ。 二回目の仕掛けは手慣れたのも有って短時間で済んだ。盗聴器は同じ場所に設置したが、監視カメラは通りが見える場所にした。警察の監視が付いていると思われるからだった。 盗聴器を仕掛けて直ぐに、水野が誰かと会話しているらしい場面に遭遇した。『大山は直ぐに出てくると思いますので、金の事は大山と話してください……』 大山とはディミトリが散々痛めつけたリーダーであろう。直ぐに出てくると話していると言う事は拘留されたままなのだ。 残りの二人は他の詐欺グループにでも鞍替えしたのか居ないようだ。『いえ、勝手すると自分がシメられてしまうんで勘弁してください……』 水野はリーダーが隠した金の保管を任されているようだ。 恐らく証拠不十分で不起訴になってしまうだろう。彼らは決定的な証拠は隠滅しているらしかった。(そうか…… まだ、金は持っているんだな……) だが、肝心な所は彼らは上納金を渡していないという点だ。 その事を知ったディミトリはニヤリと笑っていた。『小遣い稼ぎは自分でやってますんで…… はい…… 大丈夫です』 相手はケツモ

  • クラックコア   第045-0話 ツイてない奴

    ファミレスの様子。 アオイは水野と二人っきりでファミレスで逢っていた。こうしないと病院の受付から移動しないのだ。 常識的な勤め人として病院に迷惑を掛けるのが嫌だったのだ。『鴨下さんは僕の会社で働いていたと言いましたよね?』『はい……』『その彼がどうして交通事故に会う場所に行ったのかが分からないのですよ』『私も知りません……』『でも、貴女が住んでる場所の近くじゃないですか?』『同じ市内と言うだけで近くは無いです。 通勤する経路からも外れてますし……』『へぇ、その場所を良くご存知ですよね?』『警察に聞きました……』 水野は何度目かの同じ質問をしているようだ。警察の尋問のやり方にそっくりだが、これは水野が似たような目に有っているからだろう。警察の尋問は同じ質問を繰り返して、相手が答えた時に出来る矛盾点を見つけ出す作業だからだ。 そこを突破口にして真相を抉り出すのが仕事なのだ。『彼は優秀な方で、貴女や妹さんの事は特に目を掛けていたらしいんですがねぇ』『私達の話を聞いたので?』『質問しているのは僕なんだがな』『……』 アオイは水野がどこまで知っているのかを質問したかったが、下手に言うとやぶ蛇になる可能性が有った。 そして水野もアオイが焦れて怒り出すのを待っているようだ。『特に妹さんの事を話す彼は楽しそうでしたよ?』『……』 水野は言外にストーカー男がやった事を匂わせているようだ。そうすることでアオイを怒らせて白状させようとしているのだと推測できた。 それはアオイにも感づかれたようで話を逸らし始めた。『私達は彼には特に思い入れは有りませんわ』『でも、同じ市内に住んでるのはご存知だったんでしょ?』『さあ、知りません……』 これは事実だったのだろう。一家離散してまで逃げたのに、またストーカー男が目の前に現れた時の絶望感は察して余りある。 だからこそ、ストーカー男を永久に黙らせる方法を選んだに違いないからだ。『妹さんのアパートに訪ねに行ったと言ってましたが……』『ええ、聞いてます。 それから妹は友人の家に避難してます』『その後で不幸な交通事故に有った……』『……』『偶然ですかねぇ?』 恐らく水野はストーカー男の事故の原因をアオイであると思っている。それは当たっているが証拠がどこにも存在しない。 そこで揺さぶりを掛け

  • クラックコア   第044-0話 保健室監視

    アオイのアパート。 ディミトリはアオイの話を聞いていた。ストーカー男の事故を調査しているという男の事を相談されていた。「背後関係を調べるって…… 何か怪しい所があるの?」「私の住所と勤務先をどうして知っていたのかを調べて欲しいの」「妹さんの住所とかは知られているの?」「ええ、最初は妹の所に行って次に私の所に来たと言っていた……」「名刺とか貰った?」「これがそう……」 アオイはディミトリに名刺を一枚見せた。街中の名刺屋で一番安い値段で作ったような奴だ。 そして、書かれている会社の名前は聞いたことも無い物だった。(うん、怪しい……)「ネットで検索しても該当する会社は無かったわ」 アオイは自分でも色々と調べてみたが分からなかったそうだ。会社の電話番号に掛けて見ると相手の男に繋がるのは確認していた。(電話の転送サービスだろうな……) 事務所すら持てない弱小企業が、電話番してもらう為に電話代行サービスを利用する事が多い。 この男もそのサービスを利用しているのだろう。「ストーカー男の家族が知っていたとかじゃないの?」「妹のことが有って、私の家族も男の家族も離散してしまったわ」「じゃあ、住所を辿って来たとか……」「私の実家は更地になってしまっているし、母以外に私達の状況を知っている人はいないかったはず……」 妹が拉致監禁された上にレイプ被害に会った事でアオイの両親は離婚。アオイの母親は自分の実家に帰ってしまっている。 今では半年に一度くらいしか連絡は取り合わないそうだ。父親の現況は不明。 ストーカー男の実家も同じ様に離散してしまっている。だから、接点はどこにも存在しないはずだ。 だから、ストーカー男が死亡しても気にかける人間はいない事になる。 ところがストーカー男は出所して暫くしてから会いに来たらしい。どうやってアオイ姉妹の居場所を知ったのかは不明だった。「死んでからも付き纏うなんて……」 アオイは嘆いてしまっていた。「その調査男は頻繁に接触してくるの?」「明日、会いたいと言ってきたの……」「ふむ……」 アオイは次の日の昼間に、問題の調査男とファミレスで待ち合わせをしてるという。「話すことは無いと言えば良いんじゃない?」「電話で何度も言ってるけど諦めてくれないのよ……」「病院の院長とか大人の男の人に説得してもらう

  • クラックコア   第043-0話 偽りの使者

    アオイのアパート。 相談があると言うので少し早めだが学校から帰って直ぐにアパートへと向かった。(金が足りなかったかな?) アオイには闇手術の代金として百万渡してある。この国の相場は分からないが、キリの良い金額の方が良いだろうと判断したのだ。 どんな話なのかはアパートに行けば判明するだろう。それより問題はサプレッサーをどうやって改良するかだ。(素材はプラスチックなのはしょうがないが性能を上げたいものだ) 3Dプリンターで使われる素材は熱で溶けるタイプだ。発射薬の火力だと数発で駄目になってしまう。 事実、昨夜の実験では二発撃っただけで割れてしまっていた。 そこで、自動車のマフラーなどに塗布されるシリコンガスケットを使うのはどうかと思案していた。 耐熱仕様だし数発持てば良いだけなので妙案のような気がしていた。(まあ、駄目なら他の素材を考えるだけだ……) 銃へマウントする部分はモデルガンから応用しようと考えていた。田口がそうしていたのだ。 中身をくり抜いて使えるかも知れないと考えていた。(後は性能の向上か……) 実験の時に測った限りでは満足出来るものでは無かったのだ。もう少し静かな方が良い。(そうか…… 音を発生させる要因を少なくすれば良いのか……) ディミトリは拳銃弾の炸薬量を減らしてみることにした。 特殊部隊には音速を超えない特別な弾丸(サブソニック弾)が用意されている。サプレッサーと一緒に使ってさらに衝撃波を減らす為の工夫だ。 他に銃弾を通すために穴が貫通しているが、これも音漏れの一番の要因だ。けれど、塞ぐと肝心の銃弾が出られなくなってしまう。 そこで、柔らかい材質の物で穴を塞ぐ。弾を撃つと弾のサイズぴったりの穴が開いて、余計なガスや音が漏れない仕組みになっている。 しかし、柔らかいので高温高圧のガスで徐々に削られてしまう。なので、普通のサプレッサーの寿命はそれほど長くなく、数十発程度で効果が半減してしまうのだ。(まあ、本当に音も無く相手を始末したければ、ナイフの方がよっぽど早いんだがな……) ディミトリはニヤリと笑っていた。そちらの方が得意だからだ。 いつものように自転車でアオイのアパートに行くと彼女は既に帰宅していた。 部屋のドアをノックすると、直ぐに部屋の中に案内された。「来ましたよ?」「いらっしゃい……」

  • クラックコア   第042-0話 拍子抜けする音

    自宅。 ミリタリーオタクの田島はディミトリの家に来ていた。 今日は、祖母が老人会の催しで出掛けている。カラオケ大会なのだそうだ。夜までディミトリ独りなので都合が良いのだ。 田島は河原で実験しようと言っていったが、人目に付きたく無いので家でやることにした。 田島は持参した鉄パイプをディミトリに手渡した。少し年季が入っている奴だ。ガレージに捨てられていた奴だそうだ。「ちょっと錆びてるけど問題ねぇよ!」 それと同時に買い物袋を床に置いた。中には爆竹が入っているのだそうだ。「で、爆竹は何本入れるの?」「十本くらいでどうよ?」 ディミトリは鉄パイプをカメラの三脚に紐で縛り付けた。グラつかないようにだ。 それから鉄パイプの中に爆竹を詰め込んで、延びている導火線を一本に縛り付けた。「了解……」 まず、最初にサプレッサー無しで撃ってみる。それをスマートフォンの騒音計測アプリで調べてみた。 『パンッ』と大きな音がして部屋中に硝煙の匂いが立ち込める。「百十か……」 アプリが示す数値を見ながら呟いた。ネットで調べた拳銃の発射音よりは小さかった。 一般的な拳銃の発する銃声は百四十デシベルから百七十デシベルだ。間近で聞けば耳を痛めてしまう程だ。「次はサプレッサーを付けてみるべ?」「了解……」 ディミトリは再び爆竹を鉄パイプに詰め込んだ。そして、鉄パイプの先端にサプレッサーをねじ込んで点火した。 『ポン』まるで手を打ったかのような音がした。何だか拍子抜けする音だった。 アプリで測定した結果は八十デシベルだった。「んーーーーー」 田島は渋い顔をしている。彼としては映画やドラマで見るような『プシュ』とか『プス』とかの音を期待していたらしい。「ちゃんと密閉しているわけじゃないから、音が漏れてしまっているんだよ」 ディミトリとしては音が減衰している事の方が重要だった。彼の基準からすれば成功の部類に入る。 だが、田島がガッカリしているらしいので励ましてあげたのだ。 銃声の正体は火薬が爆発するときの衝撃波。サプレッサーはこの衝撃波を一旦受け止めて音を減少させなければならない。 プラスチックで出来たサプレッサーでは、衝撃波が本体を通して漏れているのだ。工夫すればもう少し音が小さく出来ると思われる。(爆竹みたいな火薬だと大丈夫だが、本物の発射薬では駄

  • クラックコア   第041-0話 モテる男

     そこでスマートフォンの位置情報を、後で地図と照らし合わせるだけに留めた。 スマートフォンは一旦山奥に移動した後に繁華街に移動して切れた。切れたのは箱か何かにしまわれたのだろう。(要するに人目につかない場所って事だな……) 山奥に移動したのは死体の処分のため。繁華街は彼らの根城だろうと推測した。 腹の傷からの出血が止まったら、田口兄を脅して偵察に行ってみるつもりだった。(日本にチャイカが居るのは偶然では無いだろうな……) チャイカ。本名はユーリイ・チャイコーフスキイと言っていた。ディミトリはGRUの工作要員であろうと睨んでいる。(まあ、仕事で工場爆破をやったんだろうが、仲間を巻き込んだのは許せねぇな……) 日本に居るのなら昔話でもしに行かなければならない。それも念入りに下準備をしてからだ。 そして自分を付け狙う理由もだ。(あの中華の連中もチャイカの仲間なのか?) 頭痛もそうだが、中華系のグループが何も仕掛けて来ないのも頭の痛い問題だ。 医者を抱き込める程の組織力があるのなら、廃工場の時にディミトリの身柄を確保に動くだろう。 あの時には自分を監視している不審車が傍に居なかったのだ。彼らは家にディミトリが居ると思いこんでたはずだ。 それが無かったので違うグループなのかとディミトリは思い始めていたのだ。 チャイカが中華系の連中と別口なら、ロシア系のグループということになる。・鏑木医師を始末した中華系グループ・自分を罠に嵌めたロシア系グループ・自分を監視している不審車グループ「んーーーーー、三つも有るんか……」 自分の人気ぶりに呆れてしまった。 もっとも、彼らが連携していないっぽいのはありがたかった。 翌日、学校に行くと田口が出てきていた。一週間ぶりになるのだろう。 何故かオドオドしながら教室に入ってきた。「よお」「!」 ディミトリが声を掛けると、田口はビクリとして下を向いてしまった。「大串はどうして出てこないんだ?」「知らないです……」「そう……」「ハイ」「じゃあさ、お前の兄貴に伝言頼まれてよ」「ハイ」「車の助手席の後ろにポケットが付いてるじゃない?」「ハイ」「そこにスマートフォンを入れてたのを忘れていたんだわ」「ハイ?」「俺に渡してくれる?」「ハイ……」 田口は再び俯いてしまった。額に汗を大

  • クラックコア   第040-2話 未だ見ぬ玩具

    (三次元の複雑な構造を作り出せるのか……) 作成されたモデルガンをひっくり返したりしながらディミトリは確信に近いものを得た。(これならアレが作れるかもしれんな……) そう、ディミトリが思いついたのは『減音器』だ。世間様ではサイレンサーの方が通り相場が良い。でも、消音はされないで少しだけ音が漏れるので減音器なのだ。サプレッサーでも良い。 この3Dプリンターでなら複雑な構造を持つ減音器を作れると考えたのだった。 音というのは衝撃波だ。その衝撃波を多段の吸音壁で吸収し、音を減じてやれば良いだけの話だ。 使う機会はそんなに無いだろう。寧ろ通常の戦闘においては速射が出来ないので邪魔でしか無い。 ならば、耐久性を無視した、強化プラスチック製の使い捨て減音器も有りだとディミトリは考えた。(とりあえずは彼に設計図を起こしてもらう貰う必要があるな……) 3Dプリンターで物を作るには複雑な立体図を作成する必要がある。あいにくとディミトリにはそこまでの知識が無い。 ならば、既に使いこなしている感のある田島に頼み込むほうが早かった。それに彼はきっと興味を持つだろう。 ミリタリーマニアから見たら、減音器は中々に心をくすぐるアイテムで有るからだ。「俺も欲しいな……」「やっぱりか! お前が好きそうだなって思ってたんだよ!」 田島はディミトリが興味を持ってくれたのが嬉しそうだ。大喜びで作成に必要なソフトと3Dプリンターの型番を教えている。ディミトリは家に帰ったら早速注文するつもりだ。 実際に使う際には強度の問題があるので、何らかの対策を考えねばならないだろう。(プラスチック全体を金属製の筒で覆ってしまへばどうだろう?) だが、それは実物が出来上がってから考えていけば良い。頭で考えている事と実物では違いが有るのは当然だ。 まずは実物を作成することが先だろう。それから改良していけば良い。(これで悪巧みが捗るぜ……) ニヤリとほくそ笑んだディミトリは、未だ見ぬ減音器に思いを馳せていた。自宅。 ディミトリは頭痛に悩まされていた。自分を取り巻いている環境もそうだが、今はリアルな頭痛の方が問題だ。 大川病院には鏑木医師が、目の前で殺されてからは行っていない。他にもグルになっている医者がいるかも知れないからだ。 それに腹に銃痕とひと目で分かる傷がある。これは見つ

  • クラックコア   第040-1話 ある装置

    自宅。 ディミトリは朝方に家に帰り着いた。もちろん、学校に行くのに着替える為だ。 一応は平凡な中学生を演じ続けているディミトリには必要な事だ。 学校に行くとクラスに大串たちの姿は無かった。(普通に登校しろ言った方が良かったか……) ディミトリが自分の席につくとクラスメートの田島人志が話し掛けてきた。「よう! 今日さ…… 俺の家に来ない?」「何で?」「良いものを買ったんだよ」「良いもの?」「ああ…… 来てみれば分かるって!」 今日は特に予定は無い。強いて言えば短髪男から戴いた拳銃の手入れをするぐらいだ。 銃は天井裏に隠しておいた。今度は燃えないゴミの日に捨てられる事はあるまい。(そうだ、田島からベレッタを譲ってもらおうか……) 田島のベレッタは一番最初に発売されたモデルのはずだ。短髪男の持っていたのは最新型。 並べて置いておけばモデルガンに見えるに違いない。(うん…… うん…… 中々良いアイデアじゃないか) その日は何事も無く過ごし、自宅に帰る前に田島の家にやって来た。二階建ての普通の民家だ。 二階にある田島の部屋に案内されると、そこは販売店のように整然とモデルガンが並んでいた。「おおっ! すげぇっ!」 ディミトリは思わず声を出した。とりあえずディミトリを驚かすのに成功した田島はご満悦のようだ。「中々のもんだろう?」「ああ……」 その中にベレッタが有るのを目ざとく見つけたディミトリは田島に話し掛けた。「なあ、頼みが有るんだが……」「何?」「あのベレッタを譲ってくれないか?」「え? あんな古いので良いの?」「ああ、買った時の値段を払うからさ」「別に構わないよ…… 実を言うと同じのを二丁買って困っていたんだよ」 そう言って田島は笑っていた。本当は香港スターのチョウ・ユンファのマネをして二丁拳銃を買ったのは内緒だ。 それにベレッタは五丁以上持っているので邪魔だなと思っていたのだ。「ところで見せたいものって何?」 ディミトリは田島が『ある装置』を手に入れたそうなので見せて貰いに来たのだった。 こちらのお願いを聞いてくれたので、彼の自慢話に付き合うつもりのようだ。「じゃじゃぁーーーん」 彼が手招きして見せてくれたのは、最新型の3Dプリンターだった。「これで市場に出てこれない東側の奴も作れるぜ!」 すで

コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status